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秋の夜空 下


スピッツ / ロビンソン

 

 和室に来ると、眠気に襲われることが多かった。こんもり香るい草のにおい。冬になれば、和室の机が掘りごたつになった。先生は大きな背を丸めて、よく掘りごたつの布団に肩をうずめた。

 9月。涼しくなって、夜が少しずつ長くなっていく頃。学校終わりに先生が来て、勉強を始めた。少し世間話をしたりして、話が弾んだりしたところで、ベクトルの簡単な問題をしていた。簡単だから、ペンも動いた。次の問題を解こうとした瞬間、先生の右足が左足の上に乗った。

 解き続けようと問題に集中した。集中したけど頭が働かない。絶対気づいているはずなのに、足がどかない。先生は真剣に問題を解いている。何も考えられない。体がだんだん硬直して、目の前の問題が一瞬見えなくなった。頭がボーっとした。トクトクと血液が流れているのが分かった。ようやく口から一言発し、先生は何の気なしに足を動かした。

 その後、先生は普段通りにしゃべったりしたが、私は意識がほとんどなかった。もう顔が見れなかった。何事もなかったかのように先生は接した、おかしかった。私は何かに突き動かされたように生き生きとした力が宿った。まるで、心の中を馬が全速力で走っているかのようだった。

 次の週、先生は雄弁になっていた。どうでもいいことでも、普通の話も、全て目を見開いて喜んで聞いた。何かに突き動かされたかのように。時折、足でつんつんとしたり、足を乗せてきたりした。でもそんなことについて話したりしなかった。私は心の中でどきどきしたけど、何も言えなかった。言ったら終わるかもしれないと思って、口には出さなかった。

 


スピッツ / 楓

 

 その人と過ごす時間が恋しくなり、待ち遠しくなった。学校を終えた後、和室に宿題を持ってきて、先生を待った。時間になればチャイムを鳴らし、やってきた。母はいつしか先生を門まで迎えに来なくなった。最初私が顔を合わせなくちゃならないのが苦痛だったけど、それは悦びに変わった。終わりの時間になるのが辛かった。立ち上がって、大きな背を、玄関の少しくらい電気の下で送り出すのは、寂しかった。玄関を出て、次の時間を決めながら門まで向かうのが主だった。私は女子の中では背の高い方ではあったが、その人は格別背が高かった。そんな日々が重なり、高3の冬まで家庭教師は続いた。

 それから一年浪人して、なんとか底辺の学校に入った。なんとか自分を明るくしようとして、変えられないところもあった。夏が終わって、朝少し涼しくなって、日が暮れるのが早くなる。涼しい秋の夜空には、空気が澄んで、星が一層きれいに見える。庭に立ちすくんで真上を見上げる。当たり前だけど、あの人はいない。小雨が降ってくる。新品のボーダーのニットに降りかかるのが嫌なので、中に入る。玄関。和室に入ってみる。やはり畳にはい草のにおいが立ち込めていた。

 秋はそんな季節。

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