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秋の夜空 上

 


くるり-Remmber me / Quruli-Remember me

 

 単純な日々だった。高校一年。目と鼻の先にある私立の高校に自転車でいつも通っていた。朝ぎりぎりに自転車を立ちこぎで8時26分くらいに着き、猛ダッシュで教室か芝生へ。皆には遅刻する子というレッテルが張られていた。あまり叱られないように、目立たないようにしていた。だから意外だったのかもしれない。しっかりしていそうなのに、本当は勉強ができなかったこと。そのギャップに一人で苦しんでいた。おとなしくしてあまり男子とも関わっていなかった。でも本当は関わりたかった。勉強だってしたかったけど、仕方が分からなかった。授業は集中できなかった。父は私の意志を無視して理系の学部に入れるつもりだったからだ。頑張ったところで未来は私の思い通りにはならない。その思いが目の前を塞いで、何を考えるにも無気力だった。

 三人娘の長女が、勉強の落ちこぼれ。一応塾には通っているけど、学校の試験の成績がよくない。一家の父は、家庭教師を雇うことにした。私は心を病んだ。大学生という遊んでいるか何をしているのかわからない学生に、高い時給を払って、私と二人きりで面倒を見させる時間を週に何時間も設ける。勉強をやる気力がないのに、勉強を促す人と、二、三時間一緒にいなければならなくなり、私の生活に介入するということ。長い沈黙と冷たい視線で何度も親に反発したり、次こそ良い成績を取ると宣言して、抵抗していたが、それも効かなくなり、ついに家庭教師を始めることになった。

 その人は県内の大学に通う医学部生。医学部生のくせしてガリ勉でもなかったところが一番腹が立つポイントだった。関わりたくもなかった。目も合わせたくなかった。でも話を合わせたくなかった。でも話を合わせなくちゃならなかった。朝から3時間連続。眠い時も週一日、とりあえず宿題となって出ているものを、わちゃわちゃと持って行って、開かない目をこすりながら、玄関のすぐ横にある和室に行った。無気力を隠し、消極性を大人しさに還元した。

 その人は明るかった。男のくせに声は高くて、腕の毛を剃り、服は凝っていないけど小ぎれいだった。絵がうまくて、年賀状は送らないんだけど、描くならこんなイラストがいいなとか言って、すいすい計算用紙の隅っこに干支のイラストを描いたり、友達にちょっと描いた絵を褒められたことを嬉しそうに語っていた。インディーズのやわらかい感じの曲を聴いていた。なんで好みの音楽がわかるかというと、一度タワレコの袋に入ったCDを持ってきていて、それについて少ししゃべったことがあるからだ。

 最初はあまりしゃべらなかったけど、沈黙が先生のあたたかい話に変わり、私は少し目を見てしゃべるようになった。私が思っていることは、先生に伝えて分かってくれた。しょうがないよ、大学生になったら必ず楽しいから、今は勉強をしようと励ましてくれた。そんな悩みは学校で言えなかった。進学校だったから。そして父はどこまでも頑固な親父だったから。私の悩みは自分で解消するしかない、深い深いもやもやだった。

 だから和室に来るのが楽になった。ちょっと楽しみになっていた。先生のように純粋な志で学校に行きたいと思っていた。健全で、すっきりしていた。 

 

つづく

 

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